もの派の代表的な画家2名を紹介!代表作や来歴を紹介
もの派は、1960年代後半から1970年代初頭にかけて日本で興った現代美術運動です。物質そのものの存在やその関係性を探ることを重視しました。また、東洋的な哲学や自然との調和を重視する視点も、後の現代美術に大きな影響を与えました。そんなもの派を代表する画家に、関根伸夫とリー・ウーファンがいます。
この記事では、関根伸夫とリー・ウーファンの生涯や代表作を解説します。もの派の動向や代表的な画家について詳しく知りたい方はぜひ最後までお読みください。
もの派とは
「もの派」とは、1960年代末から1970年代初頭にかけて日本で生まれた現代美術の潮流です。物質そのものの存在やその関係性に焦点を当てた動向を指します。
伝統的な絵画や彫刻の表現を超えて、自然の素材や工業製品などを作品に直接取り入れることで、物と空間の対話を探求しました。代表的なアーティストに、関根伸夫とリー・ウーファンなどがいます。彼らは「もの」が持つ本質やそれを取り巻く環境との関係を重視し、視覚的な表現よりも物質そのものの存在感を強調しました。
注目の画家①:埼玉県出身「関根伸夫」
関根伸夫(せきね のぶお)は、日本の現代美術家であり、特に「もの派」として知られる芸術運動の代表的な人物です。彼の作品は、物質そのものや、その存在を探求することに重点を置いています。
1942年 埼玉県で生まれる
関根伸夫は埼玉県で生まれました。1956年に東京芸術大学に入学し、現代美術家の斎藤義重に師事します。
大学在学中に彼は、当時の日本のアートシーンに影響を与えていたさまざまな運動や理念に触れることになります。大学卒業後、1960年代に入ると、関根伸夫はさまざまな展覧会に参加し始め、徐々にその名を知られるようになりました。
1968年 代表作『位相—大地』を発表

関根伸夫の最も有名な作品の一つである『位相—大地』は、1968年に発表されました。この作品は、神奈川県の箱根彫刻の森美術館で展示されたもので、地面に円形の穴を掘り、その周囲の土を平らに敷き詰めるというシンプルな構造です。
作品は、物質と空間の関係性を浮かび上がらせ、観客に「見る」という行為の本質を問いかけました。『位相—大地』は、物質と空間の関係を再定義するだけでなく、土地や地面そのものを彫刻として扱う新しいコンセプトを提示し、関根伸夫の作家としての方向性を決定づけた作品です。
1970年代 展覧会に参加し注目を集める
1970年代には、関根伸夫の作品は国内外で注目を集め、彼は世界各地で展覧会に参加するようになりました。1970年には、ヴェネツィア・ビエンナーレの日本代表として出展し、国際的な舞台でその存在感を示します。特に『位相—大地』などの作品は、従来の美術作品が持つ物質性や空間性を超えた視点を持ち、国際的な美術批評家からも高く評価されました。
1970年代半ばには、関根伸夫はニューヨークに渡り、国際的な美術界との接触を深めます。ニューヨークは当時、ミニマル・アートやコンセプチュアル・アートなどが台頭し、現代美術の中心地となっていました。
関根伸夫は、こうした海外の動向に触発されながらも、「もの派」としての独自の視点を持ち続け、ニューヨークを拠点にしながら作品制作を続けました。
1980年代 多摩美術大学の客員教授に就任
1980年代以降、関根伸夫はアーティストとしての活動に加え、美術教育にも積極的に関わります。多摩美術大学で教鞭を取り、多くの若手アーティストを指導しました。彼の教育理念は、物質や空間に対する新しい見方を促すものであり、学生に対しても「物を観察する」という基本的な姿勢を重視しました。
1990年代 晩年まで創作を続ける
関根伸夫は晩年に至るまで創作活動を続け、国内外の展覧会や美術館でその作品が展示されました。彼の作品は、20世紀後半から21世紀初頭にかけての日本の現代美術を代表するものとされ、現在でも多くの美術館に収蔵されています。
2010年代には、関根伸夫の作品や「もの派」の再評価が進み、国内外の美術館で回顧展が開催されました。
特に2012年には、ニューヨークのグッゲンハイム美術館で開催された「もの派」の大規模な展覧会に参加し、改めて国際的な評価を得ました。この展覧会をきっかけに、関根伸夫の作品は再び注目を集め、「もの派」運動の中でもその重要性が再認識されたのです。
2019年5月13日、関根伸夫伸夫は82歳で亡くなりました。彼の死は日本の美術界にとって大きな損失であり、彼の作品や理念は今後も長く影響を与え続けるでしょう。関根伸夫の芸術は、物質と空間の関係を再定義し、美術における物の存在とその意味を深く探求するものであり、彼の業績は日本の現代美術史において重要な位置を占めています。
注目の画家②:韓国の慶尚南道出身「リー・ウーファン」
李禹煥(リー・ウーファン)は、韓国出身の画家、彫刻家、理論家です。「もの派」の中心人物として知られています。彼は主に日本と韓国を拠点に活動しており、物質と空間、人間との関係を探求した作品で国際的な評価を得ています。
1936年 韓国の慶尚南道で生まれる
リー・ウーファンは、1936年に韓国の慶尚南道(キョンサンナムド)で生まれました。彼の幼少期は、朝鮮半島が日本の植民地支配下にあった時期であり、1945年の解放後、韓国は急速に変化する政治的・社会的な状況に直面していました。リー・ウーファンはこの時代に成長し、教育を受ける中で、朝鮮戦争を経験します。
1956年 ソウル大学校に入学する
1956年、リー・ウーファンはソウル大学校に入学し、哲学を専攻しました。しかし、1950年代後半になると彼は日本に渡り、1956年から1961年まで日本で哲学を学びました。この哲学的なバックグラウンドは、後に彼の芸術的な探求において重要な基盤となります。
1960年代 芸術家として活動する
1960年代に入ると、リー・ウーファンは芸術家としてのキャリアをスタートさせました。彼は最初、詩人としても活動していましたが、次第に美術の分野にシフトしていきます。
1967年には東京で初の個展を開き、彫刻や絵画の制作を開始しました。この時期、彼の作品はまだ具体的な形を追求するものが多かったものの、次第に「もの派」と呼ばれる新しい芸術運動に参加するようになります。
1970年代 もの派を牽引する
1970年代初頭、リー・ウーファンは「もの派」の中心的な理論家および実践者となります。彼の理論は、東洋哲学の影響を受けつつ、西洋のミニマリズムやコンセプチュアル・アートとも共鳴していました。彼は、物質が持つ力や存在感を尊重し、それを人為的に操作することを最小限に抑え、物質と空間が共鳴する場を提供することを目指したのです。
また、1970年代から1980年代にかけて、リー・ウーファンの作品は日本国内だけでなく、海外でも高く評価されるようになりました。1971年には、サンパウロ・ビエンナーレに出展し、その後もヴェネツィア・ビエンナーレやカッセルのドクメンタなど、国際的な美術展に参加しました。
特に、フランス、ドイツ、アメリカなどで個展やグループ展が開催され、彼の作品は「東洋のミニマリズム」として国際的な美術評論家から注目を集めました。
1980年代以降もリー・ウーファンの作品は世界中で展開され続けました。彼は彫刻やインスタレーション作品を通じて、自然との共生や物質と空間の対話を探求し続け、これらのテーマは今日に至るまで彼の作品に一貫して見られます。
彼の代表的な作品には、絵画と彫刻の両方があります。彼の絵画は、キャンバス上にわずかな筆跡を残すだけの極めて簡素なものが多く、観客に静寂と余白を感じさせます。絵画の表面には、最低限の動きが加えられ、見る者に「物」としての絵画そのものを強く意識させるのです。
一方、彫刻作品では、自然石や鉄板などの素材を使用し、これらを単純に配置することで、物と空間の関係を示しています。特に、リー・ウーファンの作品は「置かれた物」としての石や鉄を単なる素材としてではなく、その場に存在すること自体に意味を持たせており、作品が置かれる環境との対話を生み出すのです。代表的なシリーズには『関係項』や『対応』などがあります。
1980年代 多摩美術大学名誉教授となる
リー・ウーファンはアーティストとしてだけでなく、教育者としてもその存在感を示しました。1970年代から1980年代にかけて、彼は多くの若手アーティストに影響を与えたのです。
特に、1980年代には多摩美術大学で教鞭をとり、多くの学生に物質と空間の関係性についての深い洞察を提供しました。彼の教育は、技術的な指導にとどまらず、哲学的な思索を通じて新たな視点をもたらすものであり、学生たちに大きな影響を与えました。
リー・ウーファンは2000年代以降も精力的に活動を続け、彼の作品はさらに多くの美術館やギャラリーで展示されます。2010年には、フランスのヴェルサイユ宮殿で大規模な個展が開催され、彼の彫刻作品が宮殿の庭園に展示されます。この展覧会は、東洋と西洋の美術の融合を象徴するものとして注目を集めました。
また、2010年には、彼の名を冠した「リー・ウーファン美術館」が日本の香川県直島に開館しました。この美術館は、彼の作品を恒久的に展示する場であり、彼の芸術が持つ静謐さと空間性を象徴する場所として、多くの美術愛好家が訪れています。
さらに、リー・ウーファンは2014年に文化勲章を受章し、日本国内でもその功績が広く認められました。彼の作品は現在、世界各国の主要な美術館に収蔵されており、彼の影響力は今もなお現代美術の領域において強く感じられます。
埼玉県出身「関根伸夫」の代表作
関根伸夫の代表作には、主に以下の3つがあります。
- 位相—大地
- 位相—スポンジ
- 紫のパレットのproject
位相—大地(1968年)

もの派を代表する芸術で、神奈川県の箱根彫刻の森美術館に設置された地面に円形の穴を掘り、その周囲の土を平らに敷き詰めた作品です。物質と空間の関係性を探るものとして、もの派の精神を象徴しています。
位相—スポンジ(1968年)

スポンジという素材は、硬質な彫刻作品とは異なり、柔軟で形を変えやすい特性を持っています。関根伸夫はスポンジを使うことで、物質が持つ形態の変化や空間との相互作用をより動的に表現し、固定された形ではなく、常に変化し続けるものとしての物質のあり方を強調しました。
紫のパレットのproject(1982年)

紫は、象徴的な意味を持つ色であり、神秘性や深い精神性を表現する色として古くから用いられてきました。この作品では、色彩が物質としての存在感を持ちながらも、観客に精神的な空間の広がりを感じさせる構造が特徴です。
韓国の慶尚南道出身「リー・ウーファン」の代表作
リー・ウーファンの代表作には、主に以下の3つがあります。
- 点より
- 線より
点より

点よりは、1970年代から制作された、リー・ウーファンの絵画シリーズです。この作品では、キャンバスに一つの「点」が描かれるか、極めて少ない数の点が配置されています。
点は、リー・ウーファンにとって「存在」の象徴であり、無限の広がりや時間の経過を示すものです。リー・ウーファンは、点を単なる描かれた物ではなく、物質としての存在を持つものとして捉え、その点が空間にどのように影響を与えるかに注目しています。
線より

リー・ウーファンは、線を空間を切り取り、動きを生み出す要素として使いますが、その線もまた、点と同様に空間との関係性を重視したものであり、観客に「存在」と「無」の対話を感じさせます。線が描かれたキャンバスの余白や空間が、線そのものを引き立て、その存在感を強調する構造になっており、単純な描線が、視覚的に強いインパクトを与えます。
まとめ
この記事では、関根伸夫とリー・ウーファンの2名について、生い立ちや代表作を紹介しました。2名とも現代美術において重要な役割を果たした画家です。
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