草間彌生の作品を代表作かぼちゃをはじめ年代別に解説!
草間彌生は長野県出身の前衛芸術家で、水玉模様を特徴とした色彩豊かな作品で世界的に知られています。香川県直島町に設置された野外美術作品「南瓜」は、観光スポットとして多くの人々に親しまれています。また、2023年にはルイ・ヴィトンとのコラボレーションを実施するなど、その影響力の強さがうかがえます。
草間彌生はこれまでに900点以上の作品を制作・発表しており、また展示場所も様々です。また草間彌生は「前衛の女王」とも呼ばれる、前衛芸術の第一人者であり、より作品を楽しんでもらいたいという思いで、このコラムを書きました.
また、Amalgam Art Galleryでは実物の草間彌生作品を、静かな空間でゆっくりご覧いただけます。
美術作品の購入やコレクションをお考えの方に、担当スタッフがご案内いたします。
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目次
草間彌生の作品を年代別に解説します.
こんにちは.Amalgam Art Gallery代表の梅原です.
今回は草間彌生の作品が年代別にどのように変化していったかを紹介していきます.
1.1950年代 地元の松本での初個展からニューヨークへ
草間彌生がまだ地元の松本にいた時です.
1952年、まだ草間氏が10代の頃に初めて、松本市の公民館で個展を開催しました.



1957年からニューヨークへ渡米した草間彌生は、白人男性が優位であった当時の美術界において、東洋人女性というマイノリティであるがゆえの果敢な活動を展開とされています.
その後1959年にプラタ画廊で展覧会を開催します.

こちらの作品はニューヨークで制作された作品で歴代最高額のオークション価格である15億円の作品です.ニューヨーク時代の草間彌生作品は今も高く評価されています.
2.1960年代 ニューヨークでの活動の最盛期
1960年代の草間彌生は渡米後、ネット・ペインティング、ソフト・スカルプチュア、鏡を使ったインスタレーションなどで前衛芸術家としての地位を確立しました. 特に後半にはヌードを用いたハプニングやボディ・ペインティングを展開して「前衛の女王」としてニューヨークのアートシーンを席巻. 反戦運動など社会的なメッセージも込めた活動で注目を集めました.

こちらもニューヨークで制作されたネットのため、2015年のサザビーズで約10億円で落札されています.


3.1970年代 帰国、そして、代表作かぼちゃの原型へ
1970年代の草間彌生は、最愛のパートナーであったジョセフ・コーネルの死をきっかけに1973年に帰国後、東京の病院に入院しながら制作を再開します. コラージュや版画、小説など新たな分野に挑戦しつつ、水玉や網目模様といったモチーフを再解釈し、生と死、宇宙といったテーマを深掘りしました. この時期は「君は死していま」(1975年)や「戦争三部作」(1977年)など、亡くなった人々への鎮魂や戦争への哀悼を示す、力強い色彩と詩情豊かな作品群を生み出し、新たな観客を獲得しました.

1970年 Photos: Courtesy of the Artist/(c)Yayoi Kusama


コラージュで著名な作家であり、パートナーであったジョセフ・コーネルの影響もあってか帰国後はコラージュ作品も作ります.

この頃から色紙にエナメルや水彩で作品を作り、地元の松本で展示や販売活動を行います.

こちらの作品が草間彌生初の版画作品となります.ここから草間彌生の版画の歴史が始まります.

そして、ついに今の代表作のかぼちゃの元となる作品を描き始めます.この年、50歳です.
おそらくですが、地元松本に帰ったことで、題材がより日常的になっているように感じます.
日本人女性一人でのニューヨークでの生活という極限状態から、解放され作品が少し優しくなっていくようにも思えます.
4.1980年代 アクリル作品の台頭と版画作品の制作過熱
草間彌生の1980年代は文学活動と並行して、絵画、版画、彫刻、ファブリック作品など表現方法は多岐にわたり、現在見られるドット(水玉)、ネット(網)、有機的な形態といったモチーフの萌芽が見られ、国際的な評価が高まり始める転換期でした. 特に1979年から本格化した版画制作では「BUTTERFLY 蝶」など多くの作品を生み出し、「無限の網」や「かぼちゃ」といった象徴的なモチーフが生まれ、現在の代表作群の原点が形成された時代です.

こちらの作品はサザビーズ香港で9億7000万円で落札された作品になります.


かぼちゃの描きはじめの頃はやはり今のかぼちゃと少し印象が違いますね.

そして82年に初めて、草間彌生のかぼちゃの版画作品が発表されます.


日仏会館のポスター制作を依頼されたことから始まり、「無限の網(Infinity Nets)」や「無限の水玉(Infinity Polka Dots)」をテーマとしたポスターシリーズです.
出典:Art Price
4.1990年代 代表作かぼちゃの完成.そしてオブジェへ
1990年代の草間彌生は、1993年のヴェネツィア・ビエンナーレ日本館代表参加を機に世界的な再評価が本格化し、活動が再燃した時期です. 東京で療養しながら創作活動を再開し、水玉やネットなどのモチーフを再解釈した絵画、彫刻、インスタレーション、さらに文学作品など多岐にわたる表現を展開し、新しい観客を獲得しました. この時期の再評価と、1998年からの大規模回顧展「ラブ・フォーエバー」などを通じて、彼女の独創的な世界が世界中に広まりました.

90年代から草間彌生のかぼちゃ作品は0号やSM(サムホール)と言われるハガキサイズの作品を多数描かれたとされています.


こちらの作品は2023年のフィリップスオークションで草間彌生のかぼちゃ作品の中でも最も高い金額である約9.5億円で落札されました.
この作品は、コレクターのカレン&ロバート・ダンカン夫妻から、米国アイオワ州のクラリンダ・カーネギー美術館に寄贈され、そこからオークションに出てきたとされています.

4.2000年以降 立体作品が多数.草間彌生の挑戦は今も続く.

2010年の上海万博を記念して制作した、ラメが輝くピンク色のかぼちゃをモチーフにした作品です.

こちらのかぼちゃのオブジェは24年のクリスティーズで約12億円で落札されました.

こちらの作品は2014年に制作されたブロンズ製のかぼちゃで、22年のサザビーズNYで11億円で落札されています.

こちらの作品は24年のサザビーズ香港で約9億円で落札されました.自画像としてもっとも評価の高い作品です.

こちらの蝶々は22年のクリスティーズ香港で約7億円で落札されました.かぼちゃモチーフ以外では最高値となります.
まとめ
草間彌生の作品の推移を見れたと思います.意外と年代別に解説しているウェブサイトがなかったため、少しでも皆様の参考になれば嬉しいです.
ネットや水玉は草間彌生が10代からその片鱗がありましたが、意外とかぼちゃを書き出したのが70年代後半のため、草間彌生が50歳くらいの時にたどり着いた題材ということになります.
そこからさらに進化を遂げ、今の代表作である黄色かぼちゃになったのは80年代後半からだったため、草間彌生が60歳前後でやっと行き着いたことになります.
やはりアーティストの仕事は本当に一生涯かかるのだと改めて痛感させられました.
「草間彌生の絵画を購入したい、興味がある」という方は一度、ぜひAmalgam Art Galleryにお越しください. 当ギャラリーでは、資産価値のある作品のみ取り扱っており、節税対策を視野に入れたアドバイスも行っています.
また、Amalgam Art Galleryでは、草間彌生の作品の買取も行っております。現在、海外の草間彌生の作品をお持ちで売却をお考えの方も、ぜひお気軽にご相談ください.
